こんにちは!タビワライフの涼(妻)です。
今日は、私の臆病者だった時の話を書きたいと思います。
旅には全く関係ないので、興味ない方はスルーしてくださいね.*
新しい環境に飛び込むことが怖かった。
私は小さい時からすごく臆病でした。
自分にまったく自信がなくて、人と比べてばかり。
小学生の頃、よく母に「ピアノでも習ったら?」「そろばんでも習ったら?」と言われていたのですが、私の答えはいつも決まっていました。
「知らない人がいるところに行きたくない。」
「みんな上手い人ばっかりだから嫌だ。」
とにかく人見知りで、先に習っている人とまったく初心者の自分を比べて、自分は劣っているとやる前から諦めていました。
友達はスイミングやピアノやたくさん習い事をしていましたが、新しい環境に入っていくのが怖く逃げていました。
そんな可愛くない小学生でした。
とにかく目立ちたくなかった。
小学生の時は、授業中に手を上げて発言することが大の苦手でした。
授業参観の日には、全員が手を上げなければいけないような授業にされるので授業参観が大嫌いでした。
いつも手を上げられなくて、でも最後に残るのは嫌だから最後から5番目くらいに頑張って手を上げていました。
学芸会ではとにかく目立たない場所に行きたくて、村の ” 住人その3 ” あたりをいつも狙っていました。
台本が配られたらすぐ、一番セリフのない役を探しました。
人と違うこと、違うものを選ぶことが怖い
中学生になってソフトボール部に入りました。
ソフトボール部に入ったのは、小学校で仲の良かった友達が入ると言ったからです。
友達と違う選択をすることができない性格でした。違う選択をして仲間外れにされたらどうしようと思っていたからです。
ソフトボール部に入ってすぐ、私はピッチャーへの道に進むことになりました。
1年生だった頃、全員でピッチャーフォームをしてみよう。という時間があり、私が一番スムーズに投げれたことがピッチャーへの道の始まりでした。
当初、背は低いし細かった私をピッチャーに選んでくれたことは嬉しかったですが、みんなと違うメニューで練習しなければいけないことが嫌で嫌で仕方ありませんでした。
あの日、もっと自分が下手くそだったらピッチャーになることはなかったのに…なんて最低なことを考えていました。
先輩が卒業してからはエースとしてマウンドで投げさせてもらっていましたが、自信を持って投げれた日はなかったように思います。
今思うと、本当にチームのみんなに申し訳なかったと胸が苦しくなります。
高校生になって経験した退部。
高校生になってハンドボール部に入りました。
ソフトボール推薦で高校に行く選択肢もありましたが、本当に自信がなくてソフトボール推薦を断ってしまったので、高校ではもうソフトボールはできないとハンドボール部に入りました。
しかし、ソフトボール以上にハンドボールを好きになることができず、そんな状態で顧問の先生に「お前を次のキャプテンにしようと思っている。」と言われました。
正直、ハンドボールを好きになれず、キャプテンになって部員を引っ張っていく自信なんてありませんでした。
そして顧問の先生からキャプテンのことについて言われてから約1週間後、ハンドボール部を辞めました。
中学1年からずっと部活という存在が私の居場所だったので、さらに自信を失いました。
高2のときにある一人の女の子との出会い
ハンドボール部をやめて高校2年生になりました。
部活という居場所を失って、クラス替えが怖くて仕方ありませんでした。
そんな高校2年生のクラス替えである一人の女の子と一緒になりました。
その女の子の名前は「げんちゃん」。
げんちゃんは、小学校からずっと一緒だったけどクラスが一緒になることはなく、話したことがあるくらいの存在でした。
げんちゃんは私と違って小学生の頃からダンスをしていて、劇団に所属し、俳優になることを目指していました。
げんちゃんは、私にとって憧れの存在でした。
そんなげんちゃんは、自信のない私とすごく仲良くしてくれました。
いつの間にかげんちゃんと2人でいることが多くなり、げんちゃんのことを「げんこ」と呼ぶくらい仲良しになっていました。
2人で高校野球が大好きになって、げんことファンになった高校球児を見によく甲子園に行っていました。
自分をしっかり持っていて、夢にまっすぐ進んでいるげんこは私にとって憧れで自慢の存在でした。
初めて自分がやりたいことに挑戦した。
部活を辞めて、夢にまっすぐ進んで行くげんこと出会ってから私は自分と向き合うようになりました。
ある日、家の机に向かって「やってみたいこと」を箇条書きで書いてみました。
「ダンス、チアダンス、劇団、ソフトボール、ピアノ」
そんな感じのことを書いたのを覚えています。
そして、この時私は決意しました。
「あまりみんながやってないことをする!」と。
そして選んだのが、劇団とダンスでした。
げんこがやっていることと同じことを選んでいますが、私にとっては大きな決断でした。
げんこは私の力になってくれました。
アドバイスや自信につながるような言葉をいつもくれました。
そして私はダンスを始め、劇団のオーディションにも合格し、劇団ひまわりという劇団に入りました。
ダンスは地元のジャズダンス教室に。劇団はげんこが入っていた劇団ひまわりに入ることにしました。
小学生の頃、新しい環境が嫌いで人見知りだった私ですが、なんとか劇団とダンス、2つのことを新しく始めることができました。
私が今まで憧れていた世界の中には「普通の人」ばかりがいた。
この頃も「はじめまして」の瞬間は本当に嫌いでした。
ダンスも演技もやったことがなくて、昔からやっている人と力の差を知ることが怖かったからです。
ですが、私の想像していた世界とは全く違いました。
みんな「普通の人」だったんです。
みんなできないことに何度も失敗して何度も練習して、悔しい顔を見せて泣いて。
みんな新しく入ってきた私に優しくしてくれました。
何も知らない私を変な目で見る人なんていませんでした。
うまくできない私をバカにする人なんていませんでした。
げんこも私を助けてくれました。
みんな自分の夢に向かって一生懸命でキラキラした優しい人たちばかりでした。
そんなみんなの姿を知った瞬間に、今まで私が想像していただけの恐怖心は100からゼロになりました。
この瞬間が私の人生の中で一番のターニングポイントだと思います。
どんなことでも挑戦すればいいんだ。と自信になった
私がずっと挑戦できなかった私の中の怖い世界は、ただの私の想像でしかなかったことに気づきました。
みんな努力している。失敗しても何度も練習している。
最初からできる人なんていない。必ず努力がある。
失敗を恐れて、何も挑戦してこなかった自分が恥ずかしくなりました。
そして、失敗しても何度も練習して頑張っている人が心からカッコよく見えました。
この経験から挑戦への恐怖心はなくなり、挑戦することが楽しくなりました。
こんな一瞬の出来事で人はこんなにも変わるのか。と自分でも不思議なくらい変わりました。
人生のターニングポイントは?と聞かれたら
私はげんことの出会いがあって人生変わりました。
げんこと出会ってなかったら今の私はきっといない。そう思います。
今げんこは日本にいるからあまり会う機会はないけれど、夫と話をする時に「げんこ」の名前はしょっちゅう出てきます。
げんこは私に一番影響を与えてくれた最高の親友です。
最後まで読んでくれてありがとうございました。