もう看護師には戻らない!安定志向だった私が「安定」を捨てた理由。

こんにちは!新婚旅行で世界一周中の涼(妻)です!

 

私は旅にでる前、看護師として働いていました。

看護師は安定職で給料も良いというイメージだと思いますが、私は旅に出て「もう看護師には戻らない」と決意しました。

なぜ看護師になったのか。

私が看護師になろうと思ったきっかけは母の影響です。

今も看護師として現役で働いている母の姿を見て、私は看護師になろうと思いました。

 

私の両親は離婚していて、母が一人で私と兄を学校に通わせてくれました。

 

「一人でも生きていけるように」

「何がっても困らないように」

 

母の姿を近くで見ていて、いつのまにかそんな風に思うようになりました。

そして、私は看護師の道を選びました。




看護師という仕事はとてもやりがいがあって安定職である。

私は看護師として約4年間働きました。

急性期の病棟にいたので忙しい時は夕方から朝まで何も食べれない時もありました。

 

辛い時もあったけど職場の先輩や後輩、そして同期にはとても恵まれ、今から思うとすごく楽しい看護師生活でした。

 

そして看護師という仕事はとてもやりがいがあり、やめてもすぐに次の職場が見つかる安定職。

「一生困らない仕事」と言われてきました。

 

私が世界一周に行こうとすぐに決めれた理由のひとつに「今看護師をやめてもいつでも復帰できる」というのは正直大きかったです。

 

世界一周の旅から戻ってきてもすぐにまた看護師として働くことができるという心の余裕は正直ありました。

でも、「安定」は時に選択の邪魔をするということを感じた。

ある日、友人が私に言った。

「自分も仕事を辞めて旅に出たいけど、今の安定(仕事)を捨てることができない。」

 

その言葉を聞いた時にすごく疑問を持った。

「安定職」を手に入れたことによって捨てるのがもったいないという理由からやりたいことをできないってどうなのか、と。

 

そして私は自分にも疑問を持つようになった。

「看護師として働くことは私にとってなんなのか。」

インドを旅して「選択」できる素晴らしさを知った。

インドを旅していた時に、カースト制度というものに出会った。

もう廃止になったとは言われているけどまだまだ残り続けているカースト制度。

カーストの低い家に生まれたら一生その低いカーストで生きていかなければならない。

 

洗濯屋の家に生まれたら一生洗濯屋をする以外の選択は許されない。

そして同じ階級の人としか結婚できず、一緒に過ごすことも認められていない。

 

もしも、違う選択をしようもんなら家族内で殺し合いにならなければいけない場合もある

そんな制度無視して自由に生きたらいいのに。と思うがそれができない世界が現実にあるのです。

アフリカを旅してお金に価値を感じなくなった。

アフリカは貧富の差が本当に激しい。

毎日その日を生きることに必死のため、旅をしている外国人を見つけたら “お金を見つけた” かのように外国人にたかる。

そして「Hello !」というかのように ” Money ! Money! “ と集団で押し寄せてくる。

 

この集団攻撃は想像をはるかに超えるもので、正直すごく腹が立った。

身動きも取れないくらいの集団で手を引っ張られ物を引っ張られ、そして周りで見ている大人は一切注意せず見て見ぬ振り。

大人が子供達にそういう教育をしている場合もある。

 

子供だからって最初は笑っていたけど、

「No!」と言えば言うほど面白がってゲラゲラと笑いながら  ”Money! Money!” と引っ張り続ける。

 

大人だからって子供10人が本気になれば、きっと敵わないだろう。

 

あんなに子供に対して苛立ちを感じたことはなかった。

 

そして、だからって子供たちに何もできない自分、どうしていいのかわからない自分、この子供たちよりも裕福な生活をしている自分に一番むしゃくしゃした。

 

お金って何?ただの紙切れ。

お金の価値って誰が決めるのか?結局は地球上の人間。

ただの紙切れなのに。

でも結局お金がないと生きていけない。

 

いろんなことがグチャグチャに頭を巡ってムシャクシャしていた。

私はいままで何を選択して生きてきたのか。

インド・アフリカを旅した頃から、自分の生き方について考えるようになった。

「私は今まで何を選択して生きて来たのか?」

 

義務教育が当たり前にあって、医療も安全に受けられる。

バイトをすれば最低賃金以上の給料がもらえて、タウンワークで好きな仕事を選ぶことができる。

 

何も不自由がなく、まわりには便利な制度が溢れるようにあり、それが生まれた時から当たり前にあった。

不自由なくある溢れている制度に何も疑問すら持たなかった。

 

自分自身で何も考えず、いつの間にか

日本の常識のレールの上の中に存在する選択肢から無難な道を選択してきたんだ

ということに気がついた。

「看護師免許」という資格が動きにくくさせていた。

私にとって看護師という資格はどこかで「大きな荷物」になっていた。

 

専門学校まで行って取った資格、給料が良くて安定職、一生できる仕事。

 

そんな仕事を手放すなんてもったいない。

看護師免許を頑張って取得したんだからこの資格を活かさないともったいない。

 

そんな気持ちがあったんだと思う。

 

今持っているものをどうにか生かそうとしたり、手放すのがもったいないという思いが私の人生の邪魔をしている。

 

そう考えた時に、私の中で看護師という選択肢が消えた。

 

「仕事をやめる」

「もう看護師をやらない」

 

この「手放す勇気」がまた新たな世界の入り口へと繋がっていると今は信じている。

 

看護師という仕事が嫌いな訳ではない。とてもやりがいがあって看護師という仕事がどれほど大変な仕事なのかわかるから、

今でも看護師として働いている先輩や後輩、同期のことは心から尊敬しているし否定する気持ちなんてまったくない。

 

だけど、一度きりの人生。

人間はいつか必ず死ぬ。

無難な道を選ぶ生き方ではなく、自分自身で道を作って歩いていきたい。

そう考えた時に、「看護師という選択肢をなしにする」ことが私自身を軽くした。

 

もしかしたらまた看護師の仕事をしたいと思う時が来るかもしれない。

その時は、看護師という仕事を心から楽しんでいる時だと思う。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました!

3 件のコメント

  • こんにちは。
    いつも楽しく拝見してます。ブログ。

    今回の内容、なんだかとても心に響きましたし、はっとしましたし、しっくりしました。
    今のタイミングでこの記事を拝見できてとってもよかったです。

    • かおりさん❁
      はじめまして!
      コメントいただきありがとうございます♡

      仕事は良くも悪くも人生の大半を占めるので色々悩みますよね(>_<) わたしのしょうじきな気持ちを書いたので、少しでも共感していただけたならとても嬉しいです*´︶`* 涼

  • お久し振り!きみぞうです。

    私、看護師として、これからも生きていくかどうか、ちょうど悩んでいるところ。

    3年前に認定看護師を目指して、急性期の公立総合病院に転職したんだけど…。
    給料は良い。色んな難症例をたくさん見れてとても勉強になる。
    でも、年齢やキャリアがあるだけに、すぐに色んな役割を課せられ。
    毎日残業残業な日々に加えて、義務的に行かせられる研修、勉強会。そしてレポート。
    仕事をほっぽらかして様々な会議、報告書、議事録。

    こんなに身を粉にしても、認定看護師には向かっている実感はない。
    院内に既にいる認定看護師を見ても、そうなりたいとは思えない。

    だんだんモチベーションは下がり、キャリアアップを目指していくより、給料が下がっても実家に帰って、田舎でのんびり小さな老人施設でまったり働く方が良いかな、と。

    40歳を越して、人生も職業人としても半分終わって、看護師って仕事は大体わかった。
    だから、残りの半分の人生は、全く違うことをやっても良いかなー、とも思う。
    好きなこと、やってみたかったことで働いてみたり、月金9時5時の普通の会社員の生活をするのもありかな、って。

    ただ、親や周りは「そんなのもったいない」「せっかく資格を取ったんだから」って言うだろうな、って。

    だから、この記事読んでめっちゃ共感したよ!
    力をくれてありがとう!

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